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「炭素を巡る。」R7年度 山武市内中学生向け環境学習プログラム

令和6年度から始まった山武市内4中学校の新一年生向け環境学習プログラム。
昨年もまだ暑さが色濃く残る9月の森で、延べ約250名ほどの新中学一年生を迎え環境学習を行いました。

初回は「水と森」というテーマを軸に森に降る雨の行方を追いかけましたが、二回目となる今回は水循環から「炭素循環」へ。
令和6年度「水と森」の様子はこちら

CO₂削減、脱炭素、ゼロカーボンなど。気候変動の主な要因の一つとして耳にしない、目にしない日はない(二酸化)炭素。でもその炭素が普段、私たちの体や生活、環境の中でどんな役割を持ち、どう受け渡され巡っているのか、そんな炭素の素性は実はあまり知られていない。

炭素を追いかけ、捕まえる―――

「今日は皆さんと一緒にこの森で炭素を追いかけ、そして捕まえます。」
最初は生徒たちも何を言ってるんだろう…という困惑の表情。

私たちのこの複雑な体も7割が水(というのは生徒たちも皆どこかで聞いたことがあったよう)そして実は2割が炭素でできている。つまり水を作る「水素・H」と「酸素・O」、そして「炭素・C」というこの三つの要素(元素)だけで9割を占めている。30kgの子供で言えば、約20リットルの水(H₂O)と6kgの炭(C)で体のほとんどが作られている計算になる。

でも水と炭素(例えば二酸化炭素や木炭)を別々に摂取したり混ぜ合わせても私たちの体は出来上がらない。
では私たちの体をつくる炭素はどこから来るのか。

光合成という錬金術———

森に踏み入れ、あたりを、そして空を見上げてみる

足元に繁茂する草、頭上を覆う木々も大気中にある二酸化炭素(CO₂)と根から吸い上げた水(H₂O)を、太陽のエネルギーを使って合成したでんぷん(C₆H₁₂O₆)から作られている。ここまでが学校で学ぶ光合成。

でもあまり注目されることがないのは、この光合成が炭素における非生物から生物への転換点であるという側面。無機物として大気中に存在した二酸化炭素が、糖という有機物として生命へと変換される奇跡のような瞬間。田畑で育つ作物もこの糖から作られ、それが私たちの体、そしてエネルギーの元となる。

そこから見えてくるのは植物が日々黙々と、大気中に0.04%しか存在しないCO₂を吸収し行っている「光合成」という錬金術の壮大さと重要性、より多く光を得ようと高さを競い合い枝葉を広げる植物たちの、意思にも思える生育のベクトル、そして私たちの体の元となる材料の大半が漂っているこの空気の正体。

光合成で作られる糖(でんぷん)の模型。単純な二酸化炭素(CO₂)と水(H₂O)からこれほど複雑なものが合成され、これがさらに結合したり組み替えられたりして、私たちの体やエネルギーが作られている。葉緑素を持たない私たち動物はこれを体の中で合成することはできない。そしてこの時に余りものとして大気に放出される酸素にも私たちは依存している。

更にそれらの視点と共に森の奥へと歩みを進めれば、人の手も光も入らなくなった森でかつて吉野杉とも並ぶと謳われたサンブ杉の枝葉が徐々に枯れ落ち、十分な栄養を得られず病気に侵されていく、そのプロセスや原因、時代的背景もより高い解像度とリアリティと共に浮かび上がってくる。

光合成を巻き戻す「燃焼」———

こうして光合成で作られた糖を基本材料として作られた植物は、光合成と真逆の反応である「燃焼」によって、空気中の酸素と結合し、もう一度二酸化炭素と水に分解され大気へと還っていく。

私たちの体の中でも、呼吸で得た酸素と糖が反応し燃焼が起きている。私たちが動けるのも、考えられるのも、体温を維持できるのもこの燃焼のおかげ、光合成で作られた糖と酸素のおかげなのだ。

そしてまた、私たちが吐きだした二酸化炭素は植物に吸収され糖に変えられる。比喩でも詩的表現でもなく、私たちは呼吸をするだけで世界と「溶け合う」。

竹を伐採し、燃えやすいよう爆発しないようにナタで半割にして火にくべる。使い慣れない刃物に苦戦しながらも、道具と素材、頭と体、意識と感覚を結びなおしていく。

このまま燃焼を続ければ竹に含まれた炭素は全て二酸化炭素になって大気に還り、微量の灰だけが残される。

「光合成」と「燃焼」。
この二つの化学反応を通して炭素は大気から生物、そしてまた大気へと受け渡されていく。そこで重要なのがこの二つの反応におけるスピードの違い。日向の森の木々は戦後すぐに植えられたものが殆ど。そうして80年かけてため込まれた炭素も、燃やしてしまえば一瞬で二酸化炭素となり大気に放出される。水の循環と同じく、この炭素の循環でもどこかに滞りや収支のズレが生まれればそのバランスは崩れ始める。

では二酸化炭素として大気に放出せず炭素のみを捕まえ、固定(炭化)するにはどんな方法があるのか。
そうして作られた炭は土の中でどんな力を持つのか…

全体性という物語の中で―――

こうして中学校で習う、光合成と燃焼、植物の生態や大気の組成、有機物無機物などがひと連なりとなって地球規模の「炭素循環」という物語が出来上がる。

二時間ちょっとという時間の中では、体験も含めてこの壮大な物語を細部まで理解してもらえるよう伝えきるのは正直難しい。もしかしたら半分も伝わってないかもしれない。
でも炭素が大気から植物、動物そしてまた大気へと、形を変えながら手渡され循環していく、その大まかなイメージだけでも持ってもらえたら。

その全体性という物語の中での植物の役割、私たちヒトを含めた動物の立ち位置、太陽や大気、土や水との関係性が少しずつ見えてくれば、今までどこかよそよそしさをまとっていた「光合成」や「炭素」がより色鮮やかに、生き生きと彼らの目に映るんじゃないだろうか。

そして沢山の生徒が「緑が豊か」と表現した彼らのふるさとの、その「豊かさ」の本当の意味や、そこにある課題と可能性を読み解くヒントとなる。

実際、終わった後のアンケートでは
「炭素が私たちの体も含め、いろんなところに存在していることを知った」
「思ったよりも私たちは自然に依存していた」「自然はちょうどいいバランスで保たれていることを知った」
「ただの木、ただの緑ではなく、もっと違う視点、深い視点から見ることが出来るようになった」
という声や、更には
「森について、活動についてもっと話がききたい」「自然の摂理、仕組みについて、竹や炭の使い方についてもっと知りたい」「炭の中に棲む微生物はどんな役割をもつのか」
など、もう既に次の扉へと手を伸ばし始めている生徒たちも。

この限られた時間の中でハッとする瞬間、心に響く不思議や驚きをどれだけ詰め込めるか。
そしてそこから次の問いへと自ら歩みだす生徒がどれだけ出てくるのか。

水も大気中に水蒸気として存在することを考えると、私たちの体は9割以上空気でできている?
CとHとOの組み合わせの違いだけで甘くなったり、酸っぱくなったり。でもその材料である水も空気も味はない。…味ってなんだ?そしてそれを感じる私たちの味覚とは?
-そもそもこのうまく出来過ぎている循環のシステムや体の仕組みを誰がデザインし指揮をとり、動かしているのか…

物質は元素で出来ているとして…この意識は何で出来ている?

効率や合理性、意味や目的を超えて私たちを突き動かす無数の「問い」。

それは科学者や天才しか踏み入ることを許されない高尚な領域や研究室ではなく
もっと身近な日常の中に、足元に、空気中に、そしてこの森の至る所に満ち溢れている。

そんなわくわくへの扉を一緒にひらく一日を、これからも作っていけたらと思います。

ki

photographs by sea side page

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\\ SAMMU MAGAZINE vol.6に掲載されました //

当日の様子を写真に収めてくださったSeaSidePageさんが製作を担当する山武市のPR冊子「SAMMU MAGAZINE vol.6」でも、このプログラムに関する記事を掲載していただきました。

SAMMU MAGAZINEは、市内のお店やスポット、様々な活動やイベント、歴史などを再発掘しポップで軽やかな切り口と語り口で紹介する魅力発信マガジン。ずっと住んでるのに知らなかったモノやコト、昔から気にはなってはいたけど入ったことのないあのお店… まさに「身近な日常の中に潜むわくわくへの扉」を開いてくれる1冊です。そしてなんと無料配布!

詳細、電子版、配布場所はこちらのリンクから
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