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手わたすまえに
-過去の壁を 未来の糧に-

森も私たちと同じく
適切な代謝、循環が行われることで健康な状態が保たれます

自然のペースを大きく崩すことなく
人の営みが再び活力となってまた自然へと還りゆく巡りを創造していくこと
それを絶やさぬこと

森を活かし 護ることは
今を生きる私たちの役割りであり
人の未来を育むこと そのもの
私たちはそのように考えます

恐れず 慌てず
目の前にそびえる壁も
急がず 焦らず
必ず糧となるのだから

手わたす前に
そこに在る未来を みんなの手で育んでいきませんか

CHARCOAL&AXEとは

千葉県山武市にて、毎秋(11月)開催される「ヤケマルタトオノ-野に跨がる○△祭-」
2017年 軸となるこの祭の立ち上げと共に、
その実行主体として始動した[CHARCOAL&AXE]

永らく放置されていた市有林「日向の森」を舞台に、
中核メンバーの林業者らが中心となって藪化した山林の環境改善を行う傍ら
「”野”にまつわるワークショップ(仮)」「森林整美」など活動の一部をイベント化し
これからの暮らしに繋がる技術と叡智を分かち合いながら
積極的な”森のつくりなおし”に取り組んでいます

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●2010年 山武市文化事業として体験型音楽祭 山のおんぶ@さんぶの森公園
を 7年間に渡り実施
<主内容>
ライブ/マーケット/ワークショップ/虫送り/パブリックウェディング 他
●2016年 マーケット100店舗以上 来場者数12000人超 惜しまれつつ閉幕

●2017年 山武市文化事業を継続
公園から 長らく放置され荒廃のすすんでいた日向の森へとフィールドを移す
それに際しイベント名称も「ヤケマルタトオノ」と変更し イベントの実施はもちろんのこと
会場づくりを兼ねた山林の整備活動、ワークショップ等「CHARCOAL&AXE」を実行主体とし積極的に展開する
●2019年 活動はイベントの枠を超え市内外へ波及し”森のつくりなおし会員制度”を創設 現在に至る

[※以下年間データ(2019)に基づく]
<ワークショップ及びイベント来場者数>
→ 延べ約2000人(主に本祭時)
<小規模イベント開催数>
→ 17回(会員向けプログラムを含む)
<森林整備参加者数>
→ 延べ約300人(イベント時を除く)
<整備進行状況及び通年整備面積(2020年現在)>
→ 7~8ha

<過去のワークショップ(順不同)>
草木染め / ベンガラ染め / ヒンメリ / 土クレヨン / 地層 / 自然観察会 / 井戸掘り / 木造軸組建築 / 刃物研ぎ / ナガラ材を利用した大型テント建築 / 炭焼き / 林業体験 / 猪・鳥の解体 / 革なめし / ツリークライミング / ウル トラライトハイキング / スラックライン / ロープワーク / 竹カトラリー / 廃材を利用したアルコールクッカー / 竹の飯炊き / 塩炊き / 焚き火 / ブッシュクラフト / 鍛鉄 / 森台古墳群の歴史探訪 / 自然栽培 / 大地の再生 / 季節の手仕事 / 和綿の糸紡ぎ / 自然素材を利用したカゴ編み / 箍編み / クリスマスリース / 注連縄 他

ホントにホントのことはわからない
WO-un(CHARCOAL&AXE 代表)
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見た目は全く違うけれど、見れば見るほど、知れば知るほどそこで行われていることの類似性に驚かされます。

私たちの体と同じように、植物の中、土の中では酸素と水そして栄養が行き交い、エネルギーが作り出され代謝が行われる。そして私たちの体と同じように、いずれかの要素の過不足によりその巡りや代謝に滞りが生じれば個々の生育にも森という全体性にも問題が生じる。

そしてそれは社会も同じ。流通や経済は社会の血流であり、緩やかに隅々まで巡れば健康は維持され、滞りや偏りはそこにストレスと弊害をもたらす。経済と人口の一極集中、地方の過疎化や一次産業従事者の減少と高齢化などを見れば、脳を酷使し、内臓に必要以上の栄養を蓄え、手足は冷え衰えていくという現代人の傾向に重なります。

この一致は果たして偶然なのか。それとも私たちが、そして私たちが作る社会さえも自然の一部であるという証拠なのか。きっと私たちが描きがちな人間対環境、人間対自然という構図は作られた概念であり、言葉で描いた幻想であり、私たち人間もあくまで自然、そして環境の一端を担う要素でしかないのです。

今、日向の森を含む山武地域の森林は、昨年の台風でも改めてその事実を突きつけられたように荒廃が進み、無数の風倒木とそれに覆いかぶさるように茂る篠竹とつる植物によって人が立ち入るのを阻むかのように見えます。それは森が私たちを拒んでいるのでしょうか。いや、その状況こそ私たちが作り出したものであり、私たちの日常、経済(消費)活動、そしてそれを動かす意識のリフレクション(反射)なのです。

日向の森の歴史を紐解けばこの荒廃の背景はより鮮明に見えてきます。戦後の拡大造林で大量の杉が植えられ、その後の経済成長、建築様式・生活様式の西洋化により国産材の利用は減退。バブル期には開発用地として買収が進み、バブル崩壊と共に手放され、放置される… 様々な時代背景が、環境を顧みない人間の都合が、終わりを考えない始め方が、壊すときのことを考えないものづくりが、荒廃した森林を作り出したのです。

この過去から私たちは何を学ぶべきなのか。いや、何かを学ばなければ、これらの負の遺産は解消されぬまま未来に引き継がれ、さらにそこにこれから私たちが作るものさえも積み上げられ未来の子供たちにとって高い壁となり立ちはだかります。

(一度栄養の過不足や偏りで体調を崩せば、生活習慣を振り返り原因を探り、改善に努めるように、森との関わりの中でも過去から学びその関わり方を、私たちの「在り方」を見つめ直すのが自然な事ではないでしょうか。)

私たちがコンセプトとして掲げる「環境のつくりなおし」は、私たちと森との「間(ま)」のつくりなおしです。間の取り方次第で人間は自然にとって薬にも毒にもなり得る。それを過去から、そして自然から学びながら、今一度、私たちにとっても森にとっても丁度良い間を、心地良い関係を撚り直したい。

その一つの手段として私たちはこの森を一つの体に準えます。その体の中で私たちがどんな役割果たし、日常を送ることが滞りを解消し、隅々まで酸素と栄養を届け、健全な代謝を促すことができるのか、それを常に意識しながら日々活動を続けています。この結果が見えるのは早くて数十年、もしかしたら百年単位の話かもしれない。でも足を運んでくれた誰かがここで心地よさや美しさを感じてくれたならそれは何かが巡り始めた兆しかも知れません。

自然は明確な答えを見せてくれはしない。ホントにホントの事は、いつまでたっても分からない。だから私たちは自然が見せてくれる面白さ、心地良さ、美しさを頼りにこれからも森と、自然と向き合うのです。

私たちのこのつくりなおしが、日常の撚り直しが、未来の子供たちにとっての糧になることを願って。

みんなの声

Tさん

Tさん(千葉市)

日向の森に親子3人で通い始めて3年が経ち、娘は今年から小学1年生になった。当初は、荒れ放題の藪の壁が迫り、娘が転んでケガをしないか心配だった

KAOLY(和太皷バンドGOCOO・和太皷TAWOO)

Kさん(東京都)

アウトドアは苦手だ。自然は太刀打ちできない感じがして距離感が縮まらない。観葉植物も枯らす方が得意というトラウマ。そんなワタシに突然訪れた、

Oさん(長野県)

Oさん(長野県)

幼少期、祖母と過ごす時間が多かった私は「ご飯粒の中には神様がいる」「モノの中には神様がいる」とよく聞かされて育った。初めて葛飾北斎の肉筆画を

ロビンソンエデラ

Rさん(山武市)

30年前、美しい杉林と谷津田に魅了され移り住んだ旧山武町。幼い二人の娘を連れて森の中を歩いた。20年前、座業の多い自分に必要だったのが戸外の散策

神澤則生さん(神崎町)

Kさん(神崎町)

「ボクたちができる子供たちの未来に残せるものは何だろう。。」この森に関わりながらいつも考える。地球を散々破壊し続けた今、もう地球環境は